私が体験したこと
賛美歌「Amazing Grace」には、次のような一節があります。
しかし、あることがきっかけで、自分がしてきた過ちを深く反省して、真剣に改善したいと考えるようになりました。正しい事とはいったい何なのか、善い事とは何なのかを本気になって考えました。そんな中、19歳の時にイエス・キリストに出会い、人生に目的と希望が与えられました。聖書を通して、人間とは何なのか、人生とは何なのかを教えられ、まるで心に光を照らされたかのようになりました。
そして、イエス・キリストに救われた喜びに満たされ、聖書で言われているように、謙遜な人や貧しい人に福音(救いの良い知らせ)を伝え、虐げられている人には解放を、病人には癒しを知らせ、神様の恵みの時を告げ知らせたい。そういう希望で満ち溢れるようになりました。
みなさん、イエス・キリストは今も生きています。だから、みなさんもイエス・キリストを体験できます。天の神様の愛、イエス・キリストの恵み、聖霊様との親しい交わりを、あなたも受け取りませんか?あなたが神様と出会えるように、お祈りしています。
石山隼
「"Amazing Grace" How sweet the sound, that saved a wretch like me.」 ("驚くばかりの恵み"、なんて甘美な響きなんだろう。神は、私のように惨めな者でも救ってくださった。)私の人生も、まさにこの歌詞の通りでした。18歳の頃まで私は、神を知らず、自分勝手な生き方をしていました。シンナーを吸い、無免許でバイクを乗り回し、地元の暴走族のリーダーとなり、街なかのいわゆる「不良たち」と喧嘩するような毎日で、人生に何の生きがいを見出せず、つかの間の快楽に溺れる日々を送っていました。
しかし、あることがきっかけで、自分がしてきた過ちを深く反省して、真剣に改善したいと考えるようになりました。正しい事とはいったい何なのか、善い事とは何なのかを本気になって考えました。そんな中、19歳の時にイエス・キリストに出会い、人生に目的と希望が与えられました。聖書を通して、人間とは何なのか、人生とは何なのかを教えられ、まるで心に光を照らされたかのようになりました。
そして、イエス・キリストに救われた喜びに満たされ、聖書で言われているように、謙遜な人や貧しい人に福音(救いの良い知らせ)を伝え、虐げられている人には解放を、病人には癒しを知らせ、神様の恵みの時を告げ知らせたい。そういう希望で満ち溢れるようになりました。
みなさん、イエス・キリストは今も生きています。だから、みなさんもイエス・キリストを体験できます。天の神様の愛、イエス・キリストの恵み、聖霊様との親しい交わりを、あなたも受け取りませんか?あなたが神様と出会えるように、お祈りしています。
石山隼




